先進国で人気のシャチショーに一石を投じた衝撃のドキュメンタリー作品が存在する。映画「ブラックフィッシュ:「殺人シャチ」と呼ばれた黒き悲しき生物」だ。
この映画では海洋で最も知的な生物、シャチが金儲けの道具として非人道的な方法で捕獲され、暗く狭い鉄の水槽で人生を過ごす悲しい映像が記録されている。そうした副作用か、2010年アメリカの水族館でシャチがベテラン調教師を殺してしまう事件が発生する。
日本の水族館でもシャチは大人気だが、この映画をみてもなお、シャチショーをただの「娯楽」として楽しむことができるだろうか。作品内に登場するトレーナーは以下のように語る。
とても知的で進化した生物がコンクリートのプールで飼われていることを、3歳半の娘には普通だと思わせたくない。
引用:ブラックフィッシュ
映画・ブラックフィッシュは世界で波紋を呼び、アカデミー賞の第一審査を通過するものの、シーワールドを中心とする巨大企業からの圧力により賞を逃したとの噂もある問題作だ。
国内ではDVD販売はなく、現在はAmazonなど一部ネット配信のみ視聴が可能となっている。見れるうちに是非チェックしていただきたい作品だ。
今回は、映画「ブラックフィッシュ」をテーマに、作品内では語られなかったシャチの生態についてもさらに深く掘りさげていく。これから作品を視聴する人にも、もっと興味をもっていただけるんじゃないだろうか。
映画「BLACK FISHはこちら」です。
目次
映画「ブラックフィッシュ」のあらすじ
2010年2月24日、アメリカ・シーワールドの水族館において、飼育中のシャチがベテラン調教師・ドーンを殺してしまう事件が発生する。
シャチの名は「ティクリム(Tilikum)」。彼は幼少期にシャチハンターによって違法に捕獲され個体だった。
調教師・ドーンはシーワールドきってのベテラン調教師で、当然ティクリムと信頼し合っている?と思っている最中、事件は起こる。
普段のティクリムは、人間とのコミュニケーションを好み、観客を驚かすのが大好きなとても賢いシャチ。しかし彼の心には一生消えない黒いキズ跡がくすぶりつづけていた。
シャチハンターにつかまり、家族から引き離されたティクリムは、ショー以外は1日の2/3を身動きの取れない小さな鉄の水槽に押し込まれる。そして先輩のシャチにはストレスのはけ口として攻撃を受け、カラダ中傷だらけ。映像のなかには流血しながらショーをこなす彼の痛々しい姿も記録されている。
野生のシャチが人間を襲うという事例が報告されていないように、彼らは決して人を傷つけたいわけじゃない。ただ水族館という、あまりに小さな世界のなかでは、どうストレスを吐き出してよいのか分からなかったのようなのだ。
高度な知能、社会性を身につけたシャチを金儲けの道具として扱う企業、そんなシャチが受けるむごい扱いに心痛を感じながらも愛情をもって接するトレーナーたち。野生動物であるシャチと人間の「距離感」を問うドキュメンタリーフィルム。
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映画『Black Fish(ブラックフィッシュ)』の意味
「Black fish(ブラックフィッシュ)」とは、単に「黒い魚」を意味するものではない。アメリカ先住民・インディアンがシャチを「神聖な力をもつ動物生|Black fish」と名づけたことに由来すものだ。彼らや漁師がシャチに危害を加える事は絶対になかった。
映画タイトル「ブラックフィッシュ:「殺人シャチ」と呼ばれた黒き悲しき生物」とは、人間の都合により殺人シャチと呼ばれてしまう彼らの悲しい境遇と、それでも野生動物としての尊厳やリスペクトを込めたタイトルになっている。
シャチの英語名『Killer Whell(キラーホエール)』の意味
シャチは英語で「Killer Whell|キラーホエール」と呼ぶ。これは巨大なクジラを仕留められる数少ない動物であることが理由だ。
1974年、捕鯨船の船長はシャチがクジラを襲う光景を目の当たりにして「死と恐怖を撒き散らしている」と伝える。この報告がキラーホエールと名づけられた由来とされている。
さらに歴史をひも解くと、古代の人々はシャチに別格の恐怖を感じていたようだ。ローマ時代の作家プリニウスはシャチを「豚のような目をした、おぞましき暗殺者」と伝えている。
シャチの学術名が「Orcinus orca(オルキヌス・オルカ|冥界からの魔物)」とあるように、研究が進んでいたなかった当時、黒く巨大で知性を備えた彼らがいかに恐怖の象徴だったのかがうかがえる。
シャチの知能
映画内ではシャチをMRIにかけた結果、人間には無い脳組織があることを発見する。それは感情をつかさどる器官(大脳辺緑系)に繋がっていた。これにより彼らは自我を持ち、人間を含めた全ての哺乳利のなかで最も家族の絆、愛情を備えていることがわかった。
映画の冒頭ではシャチハンターが登場する。彼らが子供のシャチを捕獲していると、群れは近くによってきて悲しみの声をあげながらずっとハンターたちを見つめていたという。その時シャチハンターは気づく。
母親から子を誘拐するようだった。しかも皆(シャチの家族)が見ている前で
引用:ブラックフィッシュ
彼は自分のやっている残酷な行為に気づき、たまらず泣きながら作業を続けたと語っている。
高い社会性を身につけている例は他にもある。イギリスBBCのドキュメンタリー「シャチ~優しい殺し屋」の映像では、カラダに障害があって、うまく泳げず自らで狩りができないシャチをまったくの別のグループが仲間として受け入れ、餌を与えるシーンが記録されている。
障害をもつこのシャチのは親からはぐれてしまい、1匹では生きることができない固体だった。
シャチの食べ物|肉食と魚食の2タイプ
水族館ではシャチに魚を与えるが、このタイプは性格が穏やかであることが知られている。
シャチはの食性は大きく分けて「魚食(レジデント)」と「肉食(トランジエント)」の2種類がおり、それぞれ全く異なる性格をしている。
魚食系タイプは穏やかな性格だが、肉食系は武闘派で性格も荒々しい。肉食性は魚に一切の興味を示さず、大型の哺乳類(トド、イルカ、クジラ、オットセイ、白熊など)を好む。アザラシを空中にふっ飛ばしてている映像を見たことがある人は多いと思うが、あれこそ肉食系のシャチなのだ。
このことから水族館のシャチは魚食系であることがわかる。肉食系にとっては獲物になってしまうイルカも、魚食系であれば混泳することが可能で、飼育もしやすい。性格が穏やかなので、面白いケースでは迷子のイルカがシャチの群れ(当然、魚食系)と旅を共にするといった記録もあるほどだ。
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シャチの生息地
グレー部分がシャチの生息海域
シャチは人類に次いで世界に広く分布する哺乳類だ。
強靭な肉体に加え、高い知能、言葉をはなし(生息海域により方言がある)、最大40匹の群れで連携して狩りをする彼らに敵はいない。まさに海の支配者だ。
また彼らはイルカやクジラは襲っても、シャチ同士では決して争わない。世界中に生息域を広げられた理由だろう。
南極大陸を例にすると「肉食」と「魚食」、2タイプの群れが存在している。食性を別けることで、争いなく共存することが可能になる。このあたりも繁栄するたもの進化といえるかもしれない。
シャチの寿命
野生のシャチの平均寿命は人間と全く同じで、長くて100歳まで生きることも。
しかし、水族館で飼育された場合、寿命は25歳から35歳まで。非常に短命だ。世界中を泳ぎまわる巨大なシャチにとっては仮に大きな水族館であっても狭すぎるのだ。映画内では水族館の環境が短命であることがバレないようスタッフたちはウソをはき続けている。
シャチの背びれが曲がる(折れている)理由
水族館のシャチを見ていると、背びれが折れている(曲がっている)個体に目が行く。映画・BLACK FISHでも、彼らが不自然な環境下で飼育されるむごさについて描かれる印象的な特徴だ。
実はシャチの背びれの曲がりこそ、不健全な環境で飼育されたシャチの特徴なのだという。野生のシャチの背びれが曲がるのは0.1%未満。オスは身体が大きいため、水族館では特に折れてしまう傾向があるようだ。
本来1日100キロ以上泳ぐシャチにとって水族館が飼育環境としていかに狭すぎるのか….。映画のエンディング、あるトレーナーが野生のシャチの「ピンッ」と伸びた背びれをみて、思わず涙してしまうシーンはとても印象的だ。
最後に|映画・ブラックフィッシュのその後
2013年に発表された映画「ブラックフィッシュ」にて調教師を含む3人の死に関与した主役のシャチ(ティクリム)は2017年1月6日に細菌性の肺感染症でこの世を去った。享年は35歳で、自然環境で生きるシャチの半分以下の命だったことになる。
映画の舞台となったシーワールドのシャチのほとんどはティクリムの子孫であり、この水族館ではシャチの繁殖の金づるとして、彼を狭く暗いゲージで生かし続けた。1日の大半を全く動くことなく、ただ水面を漂うだけだったというのだからなんとも悲しくなる話だ。
この映画は世論に大きな影響をあたえ、発端となったシーワールドは2016年3月に、「シャチの繁殖を廃止。現在飼育しているシャチが死んだら、今後シャチの飼育を行わない」と発表している。
現在、アメリカはもちろん、ヨーロッパでもほぼ全ての国々がシャチ飼育の撤廃に大きく舵をきっている。しかし日本でこうした情報を聞くことはほとんどない。
シャチショーという娯楽産業の闇を描いた、映画「ブラックフィッシュ」、水族館で子供と豪快なシャチショーを楽しむのもおおいに結構ですが、親なら一度は見ておいても後悔しないはず。
映画「BLACK FISHはこちら」です。